中日新聞に弊会副理事長高山のコメントが掲載されました。
http://opi-rina.chunichi.co.jp/topic/20110531-1.html
名古屋市中川区の松林あゆ美さん(31)は3年前、不正出血で産婦人科を受診。子宮頸がんの一歩手前の異形成細胞があると指摘された。1カ月後に結婚式を控えていた。
結婚後も3カ月に一度、検診を受け続け翌年、ごく初期のがん「上皮内がん」に進んでいることが分かった。子宮頸部の一部だけを切り取り、子宮は温存する「円すい切除術」を受けた。
その間、病気への知識は乏しく、相談できる相手もおらず「赤ちゃんは産めるの?」「生きられるのか」?と次々に不安が押し寄せた。「子どもがいらないなら、全部取っちゃってもいいんだけどね」という医師の言葉にも傷ついた。
手術後、NPO法人「子宮頸(けい)がん啓発協会」(シンクパール、事務局東京)理事長の難波ミチヲさんの講演を聴く機会があった。子宮頸がんで子宮を全摘出する手術を受けた難波さんが体験をオープンに話し、予防を呼び掛ける姿に共感、協会の活動に参加するようになった。
手術して1年3カ月後、妊娠が分かった。子宮の入り口を切除しているため、早産のリスクは高い。ちょっとした不正出血や微妙な体調変化で不安になる。活動を通してできた同じ体験を持つ仲間が気持ちを理解してくれ、励まされた。
8カ月で破水し、今年1月に帝王切開で長女、幸芽(こうめ)ちゃんを産んだ。出産後、自身の体験を少しずつ勉強会などで語っている。
松林さんはたまたま不正出血があり、受診で異状が分かった。だが初期の子宮頸がんのほとんどは自覚症状がなく、変調に気付いたときにはがんが進行して子宮摘出になる場合が多い。健康だと思っていても検診が必要だ。
「私は検診を続けていたから初期に発見でき、子宮を残せた」と松林さん。「積極的に予防できる唯一のがん。自分の体験が予防や早期発見の啓発に役立つなら、いくらでも伝えていきたい」
活動に参加して正しい知識を持つことで、自身も前向きになれる。「娘が10代になったとき、ワクチン接種や検診などの予防環境がもっと進んでほしい。できることは何でもしたい」。幸芽ちゃんに、ほほ笑みかけた。
世界各国でも、シンクパールのような啓発団体が活動に取り組む。今月8?11日、ポルトガル・リスボンであった子宮頸がん学会EUROGIN(ユーロジン)では、子宮頸がんなどの予防啓発に取り組む国際団体WACCのフォーラムが併催され、36カ国から40以上の患者団体や啓発団体が集まった。
検診受診率が7割を超える英国やカナダでも、2割強にすぎない日本でも、若者の関心が低い悩みは同じ。フォーラムでは、若者をターゲットにした啓発や教育活動の報告があり、松林さんのような体験者らの声が説得力を持つこと、男性への教育の必要性などが指摘された。
NPO法人「子宮頸がんを考える市民の会」(東京)の副理事長で、細胞検査士でもある高山須実子さんは、フォーラムを聴講して「必要なのは、やはり教育。政府がプログラムを整え、NPOなどが補う形で取り組んでいる国は成功している。今の日本は民間に任せっ放し」と語った。
教育には、教える人の養成も必要。日本の現状は、NPOや医療機関、学校などがそれぞれの自助努力で啓発に取り組んでいる。高山さんは「人にもお金をかけないと、検診やワクチン接種の底上げにつながらない」と指摘する。
フォーラムでは、検診が受けやすい環境整備も話題に。アイルランドでは女性からの声で、病変の有無を調べるため、子宮頸部の細胞を採取する人(スメアテーカー)は、女性の看護師か医師が大半になったという。
フォーラムで研究発表もした英国出身のシャロン・ハンリー日本赤十字北海道看護大准教授は「英国では以前から、スメアテーカーの資格を持つ上級看護師らが担い、技術だけでなく女性をリラックスさせる方法も学んでいる」と解説。英国には、英語が分からない人のため、17カ国語の検診説明パンフレットもある。ハンリー准教授も「日本は教育へのお金のかけ方が少ない」と指摘している。 (野村由美子、境田未緒)
(2011年5月31日)
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- 下野新聞に「子宮頸がん啓発DAY」掲載されました
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- 週刊朝日 2011年9月2日号(発売日:2011年8月23日)に事務局長、渡部のコメントが掲載されました。
- 「最新 子宮頸がん予防 ワクチンと検診の正しい受け方 朝日新聞出版」に掲載されました。
- 東京新聞に副理事長高山コメントが紹介されました。
- 『LOVE49ヨーガIN橿原』の記事が新聞に掲載されました





